1997→2020 ~The other side of the solo performance  vol.1~

2020年12月1日に、2年ぶり13回目となる自主ソロ公演を開催(配信)します。 今までの通常の公演とは違う、配信という形。 新たな視点と思考が芽生えたこの機会。 すでに撮影は終え、プレ配信も済み。 勝手が違うことをほぼ体力のみで乗り切り、3日目終えた時には、スタッフともども満身創痍(笑) 2020年のソロ公演「魂震曼荼羅」、ぜひご覧ください! そんな公演に先立ち、これまでのソロ公演を備忘録の意味も含め、記していきたいと思います。全13回シリーズかな??


1997年12月19日、初のソロ公演開催。タイトル「AWAKE」。 すべてが初めてづくしにて、手探りの公演となる。


当時は太鼓といえば、アマチュアもプロもほぼグループ演奏が主流(今もか…)。ソロ奏者がほぼ皆無。当時住んでいた中野区に税務関係を聞きに行った時も、


役)「太鼓奏者?中野区には他にいらっしゃらないので…初めてですね。和太鼓奏者の方。ジャンルとしては…ん…詩人と同じかと」(この時点で中野区として初の和太鼓奏者(笑)) せ)「詩人??(中野区には詩人はいるんだっ←心の声)」


役)「太鼓は使っていったら、バイオリンみたいに価値が上がっていきますか?」 せ)「いやっ、上がらないです…」   「消耗していきます…」 などなど、ボイスレコーダーを片手に、こちらもあちらもわからない同士ながら、和太鼓奏者の立場をそれぞれに理解…。

初演時は本名での開催。

都内で稽古場できるところがなかなか見つからなかったため、人づてに紹介してもらった群馬・中条村のある工房で、泊まり込みの稽古。 同時に大太鼓の台も製作。自分の使いやすい様に自作をはじめ、現在もすべての太鼓の台は自作。 チケットの発売、ぴあに依頼するのも初!あの「ぴあ」にも載るのか~と、ちょっとドキドキしたのを覚えている。フライヤーも各ぴあの窓口に置きにいったなぁ。 我らの師である松永良男太先生に、ソロ公演をための内容・舞台演出・段取りなどなど相談に乗っていただきながら、当日を迎える…。 初の公演は、なんと全4曲(笑)!+喜怒哀楽を太鼓で表現してみようのコーナー。で、およそ公演時間80分。 今思えば、4曲でよくやったもんです。 前日ぎりぎりまで、準備して、疲労と緊張もあったのか、実はこの日、響は発熱しておりました。 最後の大太鼓の曲が終わって、客席に向き直ってお辞儀して体を起こした時、「くらっ」ときたのがビデオで残ってました。 しかも大太鼓の高さを少し上げたかったので、台の足を少し長く作り直したものの、思いのほか長くなってしまい、これがまた体力を消費させる原因となり(笑)、忘れがたい初公演となりました。 先生と照明さん以外のスタッフは、身内と友人が協力してくれ(フライヤーから当日スタッフなど)、その後も人は入れ替わりながら、ソロ公演を支えてくれています。ホントに感謝!

身体的には、さすがに若いなぁ(笑) フライヤーやパンフの文言は、雰囲気や書き方…変わってないな…。 響 道宴 TAIKO SOLO 魂震曼荼羅 2020.12.1 19:30~(配信期間12月15日まで)  https://twitcasting.tv/c:r_cib80462/shopcart/30547