1999→2020 その2 ~The other side of the solo performance  vol.4~<響 道宴の誕生篇>

最終更新: 2020年12月13日

2020年12月1日からソロ公演配信してます!それに伴い、これまでのソロ公演を備忘録の意味も含め、記していくシリーズ、4回目! 1999年は、トランスフォームして

「響 道宴」となりまして、最初のソロ公演。 いまでこそ「響 道宴」という名に本人もしっくりときているようですが、改名といいますか、活動名といいますか、名前を付けてほしいと依頼した先(姓名鑑定士の我が父)から、早朝FAXが・・・・。 響 という苗字の下に、いくつかの候補の名。 道予

道守

道宴


どれか好きなのを選べ!とのこと…。 えっと~ 「響」は決定なんだね???


べたべたや~~ん!!!


抵抗しても、これは変わらないとのことで、


「道宴」を選択。


「どうえん」??


(父)いや、濁らない!「とうえん」!


濁らない!!!!とすこぶる強調してくる。


じゃあ、「ひびき とうえん」で!ということで、決定した。


ただ、大概は「どうえん」と読まれるので、その度に一応訂正をいれ「とうえん」です…と。 しかし、その後、10年くらいたった頃だろうか、名付けた本人が「ひびき どうえん」と言っているところを目の当たりにする(笑)

あれほど、「濁らない!」とこだわっていた名付け親が、みずから「濁らせている」!!!どういうこっちゃ!気分かっ!(笑)

「どうえん」の方が、貫禄ありそうなのだけれど(今では似合いそうだけど)、当時は、まだ30歳前だったし、「とうえん」の方が若干さわやかだったかなとも思う。

姓名すべてが変わるってどういう心境だったのか、本人に聞いたこともなかったけれど、「響 道宴」を書きすぎて、本名の漢字を忘れた(笑)ことがあった。

いずれにしても、太鼓奏者の自覚を大きくした時だったと思う。



1999年12月1日の公演は、「在る」existというタイトルで、たくさんの試みをした公演。 フライヤーには書道家に書いてもらった文字を使用したり、撮った写真の印画紙上に細工するして使用したり、プログラムの一部として、演目をポストカードにしたり、いろいろ思いつくことを、周りの協力によってやらせてもらった頃。



舞台中央に背丈ほどの花を活けてもらい、その後ろに赤毛を逆立て、ジャンベのように太鼓をまたいだ響がスタンバって、花の一部かと思わせておいて出てくる→活けこみにそこそこ時間かかった(笑)

客席から笠をかぶった者が香りを振りまきながら舞台へ→アロマを焚こうとしたら、火気厳禁!とのころ(そりゃ当たり前)ということで、ポットでお湯を沸かして、お湯にアロマオイルを垂らして乗り切る (笑)。当時は、アロマオイルのことはそれほど詳しくないながら、禁忌があまりないグレープフルーツとかオレンジとか柑橘系を選んでの一か八か。


そして、ボランティアスタッフも募集してる(笑)→誰に教わったのだろう???今よりしっかりしてた気がする。

「自主公演やその他の現場を手伝ってもらって悪いなぁ」と思っていた頃、 当時、数年に渡り手伝ってくれてた友人が

「それは違うと思うよ。もらってばかりと感じるかもしれないけど、手伝う方は、与えられる喜びがあるから、悪いということはないよ」と言ってくれていた。

「そうかなぁ~」「でもさぁ」と思っていたりして、受け取り下手なワタクシに与え続けてくれてました。今なら、もっと上手に受け取れる(笑) ともあれ、この頃は、まだまだ公演が非日常であり、お祭りに参加しているような気分で 、非日常を楽しみ、とてもメリハリのついた日を送っていた気がする。 「響道宴」となっての初の公演は、スタッフが期待と高揚感で、裏ではちょっとわちゃわちゃしていた公演となりました(笑)



次に続く…


2020年のソロ配信公演はコチラ↓

響 道宴 TAIKO SOLO 魂震曼荼羅 2020.12.1 19:30~(配信期間12月15日まで)  https://twitcasting.tv/c:r_cib80462/shopcart/30547